那覇地方裁判所 昭和53年(ワ)445号 判決 1980年1月29日
原告 木田明夫こと後藤賢二
被告 国
代理人 幸喜令雄 前里弘 ほか三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
被告は、原告に対し、金三〇万五〇〇〇円を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言
二 被告
主文と同旨の判決及び仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、沖繩において昭和五〇年に開催の海洋博に反対を唱え、折りから同海洋博のため同地を訪れていたチリ共和国海軍練習船エスメラルダ号に対し火災びんを投てきするなどして、現住建造物放火未遂等により那覇地方裁判所に起訴され、昭和五一年一〇月二一日、懲役八年の刑の宣告を受け、右刑は、昭和五三年一〇月三一日、最高裁判所で上告棄却により確定した。原告は、右により、昭和五〇年九月四日から沖繩刑務所拘置監に収容され、昭和五三年一一月七日からは、同刑務所懲役監に収容されることとなった。
2(一) 原告は、昭和五三年六月二三日、KQ通信社から「東アジア反日武装戦線は勝利する」と題する冊子(以下「本件(一)の冊子」という。)を差し入れられたが、沖繩刑務所長は、同冊子の七九ページから八〇ページにかけて九か所にわたり墨で塗りつぶして抹消した上で、同月二八日、原告にこれを交付した。
(二) 更に、原告は、昭和五三年一〇月一一日、KQ通信社から「氾濫一五号」と題する冊子(以下「本件(二)の冊子」という。)を差し入れられたが、沖繩刑務所長は、同冊子の二三ページから二四ページにかけて五か所にわたり墨で塗りつぶして抹消した上で、同年一一月一七日、原告にこれを交付した。
3 沖繩刑務所長が原告に対し本件(一)及び(二)の各冊子についてした抹消処分は、次の理由により違法である。
(一) 憲法一九条の思想形成の自由及び同法二一条の知る権利は、民主主義社会の基盤をなす精神的自由を確保する基本的人権として厳格に保障されなければならない。なるほど、在監者は、特別権力関係の下にあるものとして、右の基本的人権についても一定の制約を免れないとしても、刑務所長の在監者に対する処分等においては、在監者の拘禁目的又は監獄の規律が害される明白かつ現在の危険が客観的に認められる場合にのみ、法律的手続を通じて制限することが許容されるにすぎない。
在監者に閲読させる文書図画の取扱いについては、監獄法三一条、同施行規則八六条の各規定があり、更に、昭和四一年一二月一三日付け法務大臣訓令矯正甲第一、三〇七号「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」及び同月二〇日付け法務省矯正局長依命通達矯正甲第一、三三〇号「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」が定められているところ、右によれば、文書図画が監獄内の秩序びん乱をあおり又はそそのかすものであるときは、在監者に閲読させることができないとされており、他方、文書図画が右に該当し、閲読させることができないものであつても、刑務所長において当該文書図画中閲読不適当部分を抹消し又は切り取つた(以下「抹消」及び「切取り」の両者をあわせて「抹消等」という。)上で閲読させることができるとされ、ただ、この場合、抹消等に係る文書図画が私有物であるときは、あらかじめ、書面により本人の同意を得るものとされている。そして、在監者は、社会情勢一般から隔絶されており、文書図画の閲読が精神を充足させる最も重要な手段になつているところ、刑務所長の私有物である文書図画中閲読不適当部分についてする抹消等の処分は、在監者の享受すべき当該文書図画に対する閲読権すなわち知る権利及び思想形成の自由を制限するのみならず、私的財産権をも侵害することになるものであるから、刑務所長は、私有物である文書図画が監獄内の秩序びん乱をあおり又はそそのかすものに該当すると判断して閲読不適当部分の抹消等をするに当たつては、第一に、在監者に当該文書図画を閲読させることによつて監獄内の規律が害される明白かつ現在の危険があるか否かという基準から右の判断をすべきであり、殊に、刑事被告人については、社会的事実を知ることが公判における防禦権行使と密接不可分であり、文書図画を閲読することが本質的に自由であるべきことに照らし、右の明白かつ現在の危険の基準によるべきことが一層要求されるものであつて、第二に、当該文書図画を閲読しようとする在監者から抹消等につき書面により事前の同意を得るか、少なくとも、抹消等をする旨事前に告知して了解を得るよう配慮すべきである。
(二)(1) 本件(一)の冊子関係
(イ) 実体的違法
沖繩刑務所長の抹消に係る部分の各記述は、次のとおりである。
<1> 手製の眼潰し弾二発を投擲。
<2> アルミ製食器をつぶしてナイフ形にする。
<3> ノゾキ窓にステツカーをメシつぶで張りつけ封鎖。
<4> 看守の乱入に際して、手製ナイフと弁当箱で威嚇する。
<5> 革手錠の中からナイフを作り出し、革手錠を解体。
<6> 革手錠をズタズタに引き裂き、
<7> 俺は、ただちに革手錠の解体にかかる。
<8> 完全解体に到らない前に新しい革手錠にかえられ、
<9> 再びすぐ解体にかかる。先ず鋭利なナイフを作り、二つ目の革手錠は完全に解体、自らの手で自らを解放する。
右の各記述は、ある在監者の獄中闘争に関する簡潔なメモ風短文にすぎず、眼つぶし弾、アルミ製食器を利用したナイフ、ステツカー等の製造若しくは使用の方法又は革手錠破壊の方法等について何ら具体性を有しないものであり、沖繩刑務所長が右の各記述を抹消した当時、同刑務所においては、プラスチツク製の食器が使用され、アルミ製の食器は使用されていなかつたし、原告が眼つぶし弾、ナイフ等を使用して実際的行動に出ようとしたり、革手錠を使用されたりした事態はまつたくなかつたから、右の各記述を抹消しなければ同刑務所の秩序が害される明白かつ現在の危険はなかつたものであるし、加えて、原告は、既に、右の各記述と同旨かつより具体的な記述内容を有する「氾濫一三号」と題する冊子等を当該部分の抹消をされることなく、数度にわたり閲読していたものであることに照らしても、右の各記述の抹消が恣意的なものであつたことは明らかであるし、右の各記述を抹消しなければならない必要性もなかつたというべきである。よつて、沖繩刑務所長のした抹消処分は、裁量権の範囲を逸脱する違法なものである。
(ロ) 手続的違法
沖繩刑務所長は、抹消処分をするに当たり、原告からあらかじめ書面により同意を得なかつたのはもち論、原告に対し、抹消する旨事前に告知することさえしなかつた。
(2) 本件(二)の冊子関係
(イ) 実体的違法
沖繩刑務所長の抹消に係る部分の各記述は、次のとおりである。
<1> 俺は、再び、今度は注意ぶかく発見されないように、革手錠破壊作業にとりかかる。胴ベルトの糸をほぐし、胴ベルトを二つに裂いて中に仕込まれているピアノ線をとり出し、折り曲げ切断して、先づ手製ナイフをつくり、さらに、コンクリで刃をとぎすまし、鋭利にした上で、皮革の切断作業にとりかかる。左手に巻きつけてあるベルトを切断する。パツクリと切り離れ、左手は胴から離れる。
<2> 次に、ナイフを左手にもちかえ、右手首のベルトを切断する。これまたパツクリと切り離れ、右手は胴から離れ、自由になる。さらに、胴ベルトを切断する。これまたパツクリといき、革手錠は完全に破壊される。
<3> ナイフはある場所にかくす。左手の金属手錠で胴ベルトにかましてあつたやつは、折り曲げてつかえないようにする。今日は、結局、革手錠一式と胴ベルトと金属手錠をセンメツしたことになる。
<4> 奴らは、抵抗しない俺の両手をおさえ、壁に向かつて立たせ素裸にして、尻の穴までのぞき込み、ナイフをさがす。
<5> いくら捜しても見つからず、俺は、一房にぶち込まれる。しばらくすると、医務へ行つて胃の検査をやるという。ナイフを飲み込んだという訳だ。俺は、奴らをオチヨクリ、手間をかけさせるために、四房内のナイフの隠し場所を完全黙秘、おとなしく胃のレントゲンに応じる。
右の各記述は、革手錠破壊の方法等について何ら具体性を有しないものであり(殊に、右の各記述中<5>及び<6>は、革手錠破壊等の監獄内の秩序を害する行為とは何らの関係もない。)、沖繩刑務所長が右の各記述を抹消した当時、原告が革手錠を使用されたりした事態はまつたくなかつたから、右の各記述を抹消しなければ同刑務所の秩序が害される明白かつ現在の危険はなかつたものであるし、加えて、原告は、既に、右の各記述と同旨かつより具体的な記述内容を有する「氾濫一三号」と題する冊子等を当該部分の抹消をされることなく、数度にわたり閲読していたものであることに照らしても、右の各記述の抹消が恣意的なものであつたことは明らかであるし、右の各記述を抹消しなければならない必要性もなかつたというべきである。よつて、沖繩刑務所長のした抹消処分は、裁量権の範囲を逸脱する違法なものである。
(ロ) 手続的違法
沖繩刑務所長は、抹消処分をするに当たり、原告に対し、六か所六行にわたり抹消する旨真実に反する告知をしたのみで、原告から書面により事前の同意を得なかつた。
4 本件(二)の冊子は、沖繩刑務所長が本件(一)の冊子についてした違法な抹消処分による本件損害賠償請求訴訟において資料として使用するため、原告が昭和五三年九月一四日、KQ通信社から取り寄せ、同年一〇月一一日、差し入れられたものであるが、同刑務所長は、原告の右訴訟の準備を妨害するため、前記のとおり違法な抹消処分をしたほか、あえて、原告に対する交付を遅延させ、同年一一月一七日になつて初めて交付するに至つた。
5 原告は、沖繩刑務所長のした本件(一)及び(二)の各冊子についての違法な抹消処分並びに本件(二)の冊子の違法な交付遅延により、次のとおり合計三〇万五〇〇〇円の損害を被つた。
(一) 原告が本件(一)及び(二)の各冊子について違法な抹消処分を受け、本件(二)の冊子の交付を違法に遅延されたことにより被つた精神的苦痛に対する慰藉料として、三〇万円。
(二) 本件(一)についての違法な抹消処分による物的損害として、五〇〇円。
(三) 本件訴訟を遂行するために出費した費用として、四五〇〇円。
よつて、原告は、被告に対し、沖繩刑務所長のした前記の違法な職務行為による損害金として金三〇万五〇〇〇円の支払いを求める。
二 原告の請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1、同2(一)及び同(二)の各事実は認める。
2 請求原因3(一)のうち、在監者に閲読させる文書図画の取扱いについて、昭和四一年一二月一三日付け法務大臣訓令矯正甲第一、三〇七号「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」及び同月二〇日付け法務省矯正局長依命通達矯正甲第一、三三〇号「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」が定められていることは認め、その余は争う。
右法務大臣訓令「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」によれば、在監者に閲読させる文書図画は、図書、新聞紙及びその他の文書図画に分けられ、これらについて在監者の種別(未決拘禁者かどうか等)により閲読の許可基準が示され、許可基準に適合しない文書図画については、閲読が許されないが、刑務所長において適当であると認める場合は、閲読不適当部分の抹消等をした上、その閲読を許すことができるとされ、この場合、抹消等に係る文書図画が私有物であるときは、刑務所長は、あらかじめ、書面により本人の同意を得なければならないとされているが、抹消等に係る文書図画が私有物であつても、その他の文書図画に該当するときは、刑務所長においてその所の実情に応じて取扱いを定めることができるとされているところ、沖繩刑務所では、同刑務所長は、一応念のため、在監者から抹消等について、事前に、包括的同意を取り付けるが、同意を得られなくても、その合理的な判断に基づいて閲読不許可又は抹消等の上で閲読許可をすべきものとされている。そして、図書、新聞紙又はその他の文書図画とを問わず、文書図画が閲読許可基準に適合するかしないかの判断は、当該文書図画を在監者に閲読させることが拘禁目的を害し又は監獄の規律を害する相当のがい然性があるかどうかという基準からされるべきである。
3 請求原因3(二)(1)(イ)及び同3(二)(2)(イ)については、抹消された各記述が原告主張のとおりであることは認め、その余の点は争う。
原告は、沖繩刑務所に収容されて以来、いわゆる獄中闘争と称して監獄解体を唱え、同刑務所職員に対して反抗的態度をとり、点検拒否、着衣拒否、出房拒否等の規律違反を繰り返し、戒具を使用されかねないことも何度かあり、これまでに二一回も懲罰処分を受けた処遇困難者であるが、本件(一)及び(二)の各冊子中同刑務所長の抹消に係る各記述は、監獄職員を脅迫する具体的要領や方法、監獄職員の保安戒護を妨害する方策、監獄内で在監者が使用する物品を使つての凶器の製作及び使用の方法、手錠等の戒具を破壊する方法等について、他の公安事件関係在監者の体験談又は成功談として紹介するものであるから、これを原告に閲読させると、原告のこれまでの行状等に照らし、獄中闘争と称する規律違反又は反抗的行動をますます助長させる相当のがい然性があつたものというべきである。したがつて、沖繩刑務所長が本件(一)及び(二)の各冊子についてした抹消処分は、合理的なものであり、何ら違法な点はない。
また、原告が「氾濫一三号」と題する冊子中抹消等をされることなく閲読した革手錠破壊に関する記述は、本件(一)及び(二)の各冊子に比べ概略的かつ抽象的な表現であつたので、沖繩刑務所長は、これの抹消等をしなかつたものであるし、仮に、原告が同各冊子中同刑務所長の抹消に係る各記述と文言又は内容において類似性を有する文書図画を当該部分の抹消等をされることなく閲読したことがあつたとしても、これは、一日平均一四〇名の在監者が閲読しようとする一か月当たり一、二〇〇ないし一、三〇〇部にも及ぶ文書図画の検閲をわずか一人の職員がこれに当たるという同刑務所の実情に照らし、同職員の見落しによる結果と考えられる。したがつて、沖繩刑務所長が本件(一)及び(二)の各冊子について恣意的な抹消処分をし、原告を不公平に扱つたということはない。
4 請求原因3(二)(1)(ロ)のうち、沖繩刑務所長が本件(一)の冊子について抹消処分をするに当たり、あらかじめ原告から明示の同意を得なかつた事実は認め、その余の点は否認する。
沖繩刑務所長が原告に対し、本件(一)の冊子中に閲読不適当部分のある旨を告知したところ、原告は、あえて、同冊子の交付を願い出たものであるから、同刑務所長のした右の告知は、同冊子について抹消処分をする旨の告知になるし、また、原告が同抹消処分について同意したことにもなる。したがつて、本件(一)の冊子の抹消につき、手続面においてもなんら非難される点はない。
請求原因3(二)(2)(ロ)の事実は認める。ただし、真実に反して告知したとの点は否認する。
そもそも、本件(一)及び(二)の各冊子は、一般に読捨てにするパンフレツトの類であつて、前記法務大臣訓令「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」上、その他の文書図画に該当するから、抹消等についていちいち原告から事前に同意を得ることは要求されていなかつたものであるが、沖繩刑務所長は、原告が同刑務所拘置監に収容されるに当たつて、念のため、原告から同各冊子の類についての抹消等について、事前に、包括的同意を徴しようとしたが、原告が拒否したため徴することができなかつた。そこで沖繩刑務所長は、その合理的判断に基づき、本件(一)及び(二)の各冊子中には閲読不適当部分があるからといつて同各冊子を全面的に閲読させないことは原告の不利益になるとした上で、抹消処分をしたものである。
5 請求原因4の事実は否認する。
沖繩刑務所において本件(二)の冊子の取扱いを検討中に、原告の身柄が拘置監から懲役監に移動させられたため、改めて、受刑者に対する文書図画の閲読許否の判断手続を進めた結果、同冊子の差入れから交付までに約一か月を要したものである。
6 請求原因5は争う。
三 被告の主張に対する原告の反論
在監者に閲読させる文書図画の実際の取扱いは、前記法務省矯正局長依命通達「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」によつているが、同通達によれば、文書図画は、雑誌を除く単行本と雑誌又は新聞紙の二つの種別に区分されるのみであり、私有物に係る文書図画中閲読不適当部分の抹消等をするときは、当該文書図画がいずれの種別に属するものであつても、あらかじめ本人から書面による同意を取り付けることになつており、この点は、沖繩刑務所長の定めた昭和五二年九月一日付け同刑務所長達示第三号「所内生活の心得」によつても、パンフレツト類のその他の文書図画が雑誌と同様に取り扱われる旨明規されているところである。
また、仮に、刑務所長がその他の文書図画に該当するものについて、その所の実情に応じて取扱いを定めることができるとしても、右にいう「その所の実情」とは、管理運営能力等を指すにすぎないから、私有物である文書図画の抹消等という私的財産権侵害までがその所の実情に応じて勝手に許容されるものではない。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1、同2(一)及び同2(二)の各事実並びに同3(二)(1)(イ)のうち、本件(一)の冊子中の沖繩刑務所長の抹消に係る各記述及び同3(二)(2)(イ)のうち、本件(二)の冊子中の同刑務所長の抹消に係る各記述は、当事者間に争いがない。
二 原告は、まず、沖繩刑務所長が本件(一)及び(二)の各冊子についてした抹消処分が実体的に違法である旨主張するので、右の違法性の有無について判断する。
刑事被告人である在監者は、受刑者と異なり、改善矯正のための処遇に服する訳ではなく、単に逃走又は罪証隠滅の防止のため身柄を拘束されているだけであるから、本来、自らの選択により自由に私有物である文書図画を入手し、閲読することができるものであるが、右の点は、もとより、刑事被告人である在監者に絶対無制限に認められなければならないものではなく、監獄法三一条、同施行規則八六条により、在監者の文書図画の閲読は、拘禁目的に反せず、かつ監獄の規律に害がないものに限りこれを許すとされ、更に、この点に関する昭和四一年一二月一三日付け法務大臣訓令矯正甲第一、三〇七号「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」及び同月二〇日付け法務省矯正局長依命通達矯正甲第一、三三〇号「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」により、未決拘禁者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書図画は、罪証隠滅に利用するものであるか否か、逃走、暴動等の刑務事故を具体的に記述したものであるか否か、監獄内の秩序びん乱をあおり、そそのかすものであるか否か等に留意してその内容を審査し、その閲読が、拘禁目的を害し、あるいは監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当のがい然性があると認められるときは、これを許さないとされていることからも明らかなように、文書図画を閲読させることが逃走若しくは罪証を隠滅し又は監獄の規律秩序を害することとなる相当のがい然性があると認められるときは、当該文書の閲覧を刑事被告人である在監者に許さないとすることができるものである。また、受刑者である在監者にとつても、文書図画の閲読は、娯楽のためばかりでなく、健全な教養の育成ないし情操のかん養のために有益であり、更には、変化する社会一般の状況を知ることを通じて社会復帰に資するところも大であるから、できる限り認められなければならないものであるが、前記の監獄法三一条、同施行規則八六条の各規定、更に、同各規定の運用に関する前記法務大臣訓令「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」及び前記矯正局長依命通達「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」により、受刑者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書図画は、逃走、暴動等の刑務事故を具体的に記述したものであるか否か、監獄内の秩序びん乱をあおり、そそのかすものであるか否か、その者の教化上不適当であるか否か等に留意してその内容を審査し、その閲読が拘禁目的を害しあるいは監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当のがい然性のあるときは、これを許さないとされていることからも明らかなように、文書図画を閲読させることが改善矯正のための処遇計画又は監獄の規律秩序を害することとなる相当のがい然性があると認められるときは、当該文書の閲覧を受刑者である在監者に許さないとすることができるものである。そして、右により文書図画の閲読を許すかどうかの判断は、単に当該文書図画の記述内容だけでなく、当該文書図画を閲読しようとする在監者の性格、行状、監獄の保安状況等関連性を有する一切の事情を考慮に入れた上でこれをすべきものである。これを本件についてみるに、当事者間に争いのない請求原因1の事実、<証拠略>によれば、原告は、沖繩刑務所に在監中、獄中獄外統一行動報告の見出しのもとに、在監者が居房ののぞき窓の内側に紙を張り付け、看守の監視を妨害した旨の記事等を載せた「氾濫一三号」と題する冊子、大阪拘置所に在監中の鈴木国男という者が全身傷だらけで死亡した旨の記事等を載せた「救援八三号」と題する冊子、在監者が居房ののぞき窓の内側に紙を張り付け看守の監視を妨害した旨の記事等を載せた「日本読書新聞第一、八五九号」と題する冊子、獄中弾圧粉砕春期統一行動にむけてという見出しのもとに、監獄解体、ハンガーストライキ等を呼び掛ける記事等を載せた「氾濫第五号」と題する冊子、暴力的懲罰執行、正座点検強要に対する闘いという記事等を載せた「氾濫第一六号」と題する冊子等を当該部分の抹消等をされることなく閲読し、自らも、昭和五〇年九月四日に同拘置監に収容されて以来本件(一)の冊子の差入れを受けるまでの間、朝夕に在監者を正座又は起立させた上行なわれる点検が在監者に屈辱的な隷従を強制するものだとして、これを拒否することを繰り返し、鈴木虐殺に抗議するためあるいは監獄解体の獄内外統一闘争に呼応するためなどと称して、ハンガーストライキをし、また、二度にわたり、居房の窓等に「鈴木虐殺抗議」、「点検拒否、拒食」などと書いた紙を張り付ける行為に出、これらの規律違反に対し懲罰を科されると、不当懲罰に抗議するなどといつて、更に点検拒否などの規律違反を行ない、もつて、合計一六回の懲罰に付され、その後、本件(二)の冊子の差入れを受ける前後にわたつて二回、右同様の趣旨で懲罰に付されていた事実が認められ、他方、本件(一)及び(二)の各冊子中の沖繩刑務所長の抹消に係る各記述は、右一で確定したとおりであるところ、右の各記述は、監獄職員を脅迫する方法、監獄職員の保安戒護を妨害する方策、監獄内で在監者が使用する物品を使つての凶器の製作及び使用の方法、手錠等の戒具を破壊する方法等について、他の公安事件関係在監者の体験談又は成功談として紹介するものであつて、必ずしも、詳細な内容を有するものとはいえないとしても、先に認定の同刑務所内での思考傾向、行状等に照らし、原告に本件(一)及び(二)の各冊子中同刑務所長の抹消に係る各記述を閲読させると、原告においても再度同様の行為に出て、もつて、同刑務所の規律秩序を害することとなる相当のがい然性があつたといわざるを得ない。そして<証拠略>によれば、沖繩刑務所長は、本件(一)及び(二)の各冊子について抹消処分をするに当たり、同各冊子中には、原告にこれを閲読させると、原告の同刑務所内での思考傾向、行状等に照らし、同刑務所の規律秩序を害することとなる相当のがい然性を来たし不適当な部分があるが、同各冊子中に右の閲読不適当部分があるとの一事をもつて、同各冊子の閲読を全面的に許さないとすることは、右の閲読不適当部分の同各冊子中に占める割合等に照らし、かえつて原告の不利益になると判断したものであるから、右の判断に違法不当な点は認められない。なお、<証拠略>によれば、原告は、本件(一)及び(二)の各冊子中沖繩刑務所長の抹消に係る各記述と同旨の内容の部分を有する「氾濫一三号」と題する冊子あるいは「日本読書新聞第一、八五九号」と題する冊子を当該部分の抹消をされることなく以前に閲読したことがあり、殊に、右の「氾濫一三号」中革手錠の解体の方法に関する成功談のくだりは、本件(一)及び(二)の各冊子よりもより具体的であることが認められるが、先に認定の原告の同刑務所内での思考傾向、行状等に照らし、同刑務所長が同各冊子について抹消処分をした当時、原告に対しても革手錠が使用され、その場合、原告がこれを破壊するかも知れない相当のがい然性がなくなつていたものではないから、右の一事をもつて、同刑務所長が同各冊子についてした抹消部分が必要性のなかつたものということができないので、同抹消処分が違法不当になるものではない。
三 沖繩刑務所長が本件(一)及び(二)の各冊子について抹消処分をするに当たり、あらかじめ原告から明示の同意を得なかつた事実は、当事者間に争いがない。しかるに、原告は、沖繩刑務所長が本件(一)及び(二)の各冊子について抹消処分をするに当たり、あらかじめ原告から書面により同意を得なかつたのは、手続的に違法である旨主張するので、右の違法性の有無について判断する。
前記法務大臣訓令「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」によれば、在監者に閲読させる文書図画は、図書、新聞紙及びその他の文書図画に分けられるところ、甲第二号証の本件(一)の冊子及び甲第八号証の本件(二)の冊子が、その体裁等に照らし、社会一般に読捨てにされる類のものであり、同訓令にいうその他の文書図画に該当するものであることは、明らかである。そして、右訓令上、図画及び新聞紙については、閲読不適当部分の抹消等をするに当たり、あらかじめ書面によつて本人の同意を得ることが必要とされているのに対し、その他の文書図画については、右のような同意を得ることは、なんら必要とされておらず、刑務所長においてその所の実情に応じて取扱いを定めることができるとされているのであるが、この点に関し、<証拠略>によれば、沖繩刑務所では、同刑務所長において昭和四八年五月一日付け達示第二六号「図書新聞紙等取扱規程について」を定め、図書、新聞紙あるいはパンフレツト、リーフレツト等の小冊子形状のその他の文書図画とを問わず、閲読不適当部分の抹消等についてはあらかじめ所定の書式により本人の同意を得るものとし、在監者に対しても、所内生活の心得などと題する手引きを渡し、パンフレツト類等の図書又は新聞紙以外のその他の文書図画が所持期間の点を除いて、図書中の雑誌と同様の取扱いがされる旨周知させている事実が認められる。しかしながら沖繩刑務所長の定めた右の「図書新聞紙等取扱規程」及び「所内生活の心得」等は、法規範のようにその改廃のない限りこれに従わなければ違法を来たすという趣旨のものではなく、単に、同刑務所の円滑な事務遂行、管理運営等を図るためのものにすぎないから、同刑務所長は、法令の許す範囲内であれば、事情に応じて適宜、円滑な事務遂行等を図るため、自らの定めた所に拘束されずに別異の取扱いをすることがもとよりできるものである。そして、前記判示のとおり、沖繩刑務所長は、本件(一)及び(二)の各冊子中に閲読不適当部分があるとの一事をもつて全面的に閲読を許さないとすることは原告の利益にならないと判断し、原告の同意を得ないまま抹消処分をした上で同各冊子を交付したものであつて、同抹消処分をするに当たりあらかじめ原告の同意を得なかつたことが手続的違法を来たす由はない。
また、原告は、沖繩刑務所長が本件(一)及び(二)の各冊子について抹消処分をするに当たつては、少なくとも、事前に抹消等をする旨を原告に対し告知すべきであり、同刑務所長にはこの点を怠つた手続的違法がある旨を主張するが、前記法務大臣訓令「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」二四条の「図書及び新聞紙以外のその他の文書図画の閲読を不許可としたときは、その旨をすみやかに本人に告知しなければならない。」旨の規定が、全面的に閲読を許さないとする場合ではなく、単に、閲読不適当部分の抹消等をして当該部分を読めないようにするにすぎない場合にも適用があるとは、直ちに断言できないし、この点をさておいても、<証拠略>によれば、沖繩刑務所長は、同刑務所の平良技官を通じて原告に対し、本件(一)の冊子中には閲読不適当部分があり、閲読不許可になつている旨を告知した事実が、また、<証拠略>によれば、同刑務所長は、担当係官を通じて原告に対し、本件(二)の冊子中には閲読不適当部分があるので、そのまま領置するか、抹消の上交付するかのいずれかである旨を告知した事実がそれぞれ認められ、右各認定を覆すに足りる証拠はないところ、右は、同訓令二四条の告知としても十分なものであり、原告の右主張は採用できない。
その他、本件全証拠によつても、沖繩刑務所長が本件(一)及び(二)の各冊子について抹消処分をするに当たり手続的違法を犯したとすべき事情は、認められない。
四 請求原因4のうち、沖繩刑務所長が本件(二)の冊子についてした抹消処分が違法でないことは右に判示したとおりであるし、同刑務所長が原告の本件訴訟の準備を妨害するため、あえて、同冊子の交付を遅延させた事実は、本件全証拠によつても認めることができない。
五 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井真治 玉城征駟郎 向井千杉)